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1 預貯金の使い込みが「生前」であった場合
親が高齢になって、判断能力が低下したり、身体の自由が効かなくなったことをきっかけとして、親の財産、特に預貯金を、同居している子どもや、近くに居住している子どもが、事実上、管理するようになることは、よくあります。
このようなとき、管理している子どもが、親の預貯金を適切に管理していれば問題ないのですが、自分で自由に引き出しができる状況になったことを利用して、親の預貯金を勝手に引き出して、自分のために使ってしまったり、自分のために隠してしまうというケースが、しばしば見受けられます。
こうした使い込みが発覚するのは、親が亡くなった後、遺産分割を行う際になって、他の子ども(相続人)が親の預貯金の通帳などを見て、不自然な多額の引き出しがあることを見つけたというようなタイミングになります。
子どもの1人が、親の生前に、親の預貯金を勝手に引き出して使っていた場合、法律的には、親はその子どもに対して、勝手に引き出したお金を返せ、という請求をする権利が生じます。この権利は、金銭返還請求権といいます。この金銭返還請求権を基礎づける法律構成としては、不法行為に基づく損害賠償請求権(民法709条)と、不当利得返還請求権(民法703条)と、2つになります。
親が亡くなって、相続が発生すると、親が持っていた金銭返還請求権は、法定相続分に従って相続人が承継して取得することになります。
たとえば、実家に母親と長男が同居していて(父親はすでに死亡)、次男と三男は、すでに実家を出ているというケースで考えてみます。
母親が老いてしまい、預貯金の管理が難しくなったことから、母親は同居している長男に、自らの預貯金の管理を任せました。
ところが長男は、預かった母親の預貯金口座から、勝手に、600万円を引き出して、自分のために使ってしまいました。
このような場合、母親は長男に対して600万円の金銭返還請求権を持っています。
その後、母親が亡くなった場合、この600万円の金銭返還請求権は、法定相続分に応じて、長男が1/3の200万円、次男がの200万円、三男が1/3の200万円、それぞれ相続により承継して取得することになります。
もっとも、この金銭返還請求権は、長男に対して請求する権利です。
ですから、長男が承継取得した200万円については、長男が長男に請求するのは無意味なので、消滅します。
残るのは、次男の長男に対する200万円の金銭返還請求権と、三男の長男に対する200万円の金銭返還請求権、ということになります。
この金銭返還請求権は、法律的な意味では「遺産分割」の話ではありません。ですから、法律的には、家庭裁判所での遺産分割調停で取り扱う問題ではなく、地方裁判所で裁判等をする問題になります。
もっとも、法律的な意味はさておき、多くの人々が抱く一般的な感覚では、この金銭返還請求権の問題も、「遺産分割」の話の一部です。そこで、家庭裁判所の遺産分割調停の手続のなかで話し合うことに、当事者の異論がなければ、遺産分割調停の手続のなかで話し合いが行われます。
他方、預貯金の使い込みをした相続人が、遺産分割調停での話し合いに応じなかったり、話し合いには応じても合意できなかった場合には、遺産分割調停とは別に、地方裁判所で金銭返還請求の訴訟を提起する必要があります。
2 預貯金の使い込みが「死後」であった場合
親が死亡した場合、金融機関がそのことを知ると、金融機関は親名義の預貯金口座を凍結して、預貯金を引き出せないようにします。逆に言えば、金融機関が親の死亡をしらなければ、預貯金口座は凍結されないため、預貯金を引き出すことが、事実上、可能です。
このことを利用して、親と同居していた子どもや、親の近くに住んでいた子どもが、親の預貯金口座の通帳とキャッシュカードを利用して、親の預貯金口座から、勝手にお金を引き出して、自分のために使ってしまうケースがあります。
そもそも、法律上は、親が死亡した時点で、相続が発生し、親名義の預貯金は、法定相続人がそれぞれの法定相続分に応じた割合で共有している状態になります。そのうえで、親名義の預貯金は、原則としては、遺産分割協議に基づいて分配されることになっているのです。
ですから、法定相続人の一人が、勝手に、親の預貯金口座から多額の預貯金を引き出し、他の相続人の権利を侵害した場合には、権利を侵害された他の相続人は、引き出し行為をした法定相続人に対して、自分の権利を侵害された限度で金銭返還請求(不当利得返還請求)を行うということになります。
この金銭返還請求(不当利得返還請求)は、原則として地方裁判所で行う必要があります。もっとも、引き出し行為をした法定相続人が、家庭裁判所で行われる遺産分割調停の手続きの中で解決することに同意している場合には、遺産分割調停の手続内で解決を図ることができます。
ただ、このような事例においては、引き出し行為をした法定相続人が、家庭裁判所で行われる遺産分割調停の手続きの中で解決することに「同意しない」ことが多く、その結果、家庭裁判所での遺産分割調停とは別に、地方裁判所での金銭返還請求(不当利得返還請求)訴訟を行う必要があるケースが少なくありませんでした。
これでは裁判所での手続きが2つ必要になり、当事者の負担も多くなってしまうことから、平成30年に民法(相続法)が改正され、平成30年7月1日以後に発生した相続の事案においては、引き出し行為をした法定相続人以外の相続人全員の同意があれば、死後に引き出された預貯金(生前に引き出された預貯金は対象外)を遺産に組み戻し、遺産分割調停において手続することができるようになりました。
3 預貯金の使い込みの「疑い」がある場合
生前の時点にせよ、死後の時点にせよ、親名義の預貯金の使い込みをしている「疑い」がある場合、それを「疑い」の対象者である親名義の預貯金を事実上管理していた子どもが素直に認めればよいのですが、多くの場合、それを素直には認めません。
「疑い」ある人が認めない場合には、預貯金の使い込みの事実を、立証(証明)することが必要になります。しかし、この立証(証明)は、なかなかに難しいものがあります。
預貯金の使い込みの事実を立証(証明)するためには、主に次のようなことを行います。
- 預貯金の入出金記録を金融機関からの取り寄せ、これを集計して分析する。
- 金融機関の窓口での出金については払戻請求書の写しを取り寄せ、筆跡や意思確認状況を確認する。
- 預貯金が預金が引き出された当時の被相続人の心身の状況を証明する資料(医療記録、介護記録、介護認定調査票など)を取り寄せ、これを分析する。
これらの資料集めと分析には、大きな手間がかかること、および法的な検討・分析も必要となります。ですから、預貯金の使い込みの事実を立証(証明)する必要がある場合には、専門家である弁護士に相談・依頼することをお勧めします。