トラブルを予防する遺言書とは

遺言書を作成する主たる目的の1つが「相続におけるトラブル」の予防です。

この点、確かに、遺言書を作成しておけば「相続におけるトラブル」の予防には効果的ですが、遺言書さえ作っておけば「相続におけるトラブル」を100%回避できる、というわけでもありません。

逆に、せっかく遺言書を作っても、その作成方法や記載内容が適切でないばかりに、かえって「相続におけるトラブル」を招いてしまうこともあります。

ここでは、遺言書に基づくトラブルを6パターン紹介しつつ、そのようなトラブルの発生を防止するには、どのような点に注意して遺言書を作成すればよいかを説明します。

  1.  遺言書が発見されない/遺言書が隠されてしまう
  2.  遺産分割協議が成立した後に、遺言書が出てきてしまった
  3.  遺言書が「無効である」「偽造されている」と主張される
  4.  遺言書が作成された時点で、遺言者が認知症であった
  5.  遺言書に記載された内容があいまいであった
  6.  遺留分を侵害されたとして調停や訴訟になる

1 遺言書が発見されない/遺言書が隠されてしまう

(トラブルの原因)

遺言書は、遺言を作成した人が亡くなった後に、その存在意義を発揮するものです。ですので、せっかく遺言書を作っても、自分が亡くなった後に、誰にも発見してもらえなければ、何の意味もなくなってしまいます。

この未発見の恐れが高くなるのが、自筆証書遺言です。自筆証書遺言の場合、遺言書を作成した本人しかその存在を知らないことが多いため、相続人に遺言書を見つけてもらえないことが発生します。

また、遺言書を作成した本人が、保管している場所を忘れてしまい、紛失してしまうという例もあります。

(トラブルの予防策)

遺言書に基づくこのようなトラブルを予防するためには、自筆証書遺言の場合であれば、法務局に自筆証書遺言を保管する制度を活用することが考えられます。また、公正証書遺言であれば、公証人役場が遺言書の原本を保管してくれます。

これらの仕組みを活用した場合、法務局や公証役場が遺言書を保管してくれるので、紛失の恐れがなく、また相続人に発見してもらいやすくなります。

2 遺産分割協議が成立した後に、遺言書が出てきてしまった

(トラブルの原因)

上記の「遺言書が発見されない/遺言書が隠されてしまう」の場合と少し似ていますが、相続が発生したあと本当は遺言書があるのに、それが見つからなかった場合です。この場合、遺言書が存在しないとして、法定相続人の間で遺産分割協議を行うのが通常です。

そして、遺産の分割を実施し終わった後に、遺言書が出てきてしまい、「どうしたらいいのか・・・」と困ってしまうというケースです。

このような場合、大きく言えば、①やはり遺言書の記載どおりの遺産分割を行うことにする方法と、②遺言書はあるのだけれど既に成立した遺産分割協議をそのまま有効にしてしまう方法と、2つの対処方法があります。

ただ、①の方法を行うためには、すでに成立した遺産分割協議の「錯誤取消」を行う必要がありますし、②の方法を行うためには、法定相続人や受遺者など法的関係者全員の同意が必要になります。

どちらの方法の場合でも、裁判になる可能性もあり、トラブルになりやすいです。

(トラブルの予防策)

遺言書を作成する方(=被相続人)ができるトラブルの予防策としては、自筆証書遺言の場合であれば法務局に保管する制度を活用することや、公正証書遺言を活用することになります。法務局や公証人役場が遺言書を保管していることにより、自分が死亡した後に、相続人が遺言書を発見しやすくなるからです。

相続人ができるトラブルの予防策としては、遺言書がないかどうかを充分に探す、ということに尽きます。まずは法務局や公証人役場に遺言書が保管されていないかを確認するのが良いでしょう。法務局や公証人役場の方から、自動的に通知してくれる、ということはないので、相続人が自ら問合せをする必要があります。

また、自筆証書遺言であって法務局に保管する制度を利用していない場合、被相続人の住居内のどこかに保管されている可能性があります。ですので、何か大切なものを保管していると思われる場所を重点的に探してみる必要があります。

もし可能であれば、被相続人がお亡くなりになる前に、自筆証書遺言の保管場所を聞いておけば良いでしょう。

3 遺言書が「無効である」「偽造されている」と主張される

(トラブルの原因)

法律行為としての遺言は、要式行為と言って、法律に定められた方法・形式で遺言書を作成して行う必要があります。作成した遺言書が、方法・形式の点で法律上の要件を満たしていない場合、せっかく作成した遺言書なのに、法定相続人などから「無効である」と主張されてトラブルになります。

また、作成した遺言書を自宅に保管していたところ、被相続人(=遺言者)の死亡前、もしくは死亡後に、何者かに遺言書の記載内容を書き換えられてしまった(すなわち偽造された)のではないかとの疑いが生じて、トラブルになるケースもあります。

(トラブルの予防策)

遺言書の方法・形式の不備を回避するために最も良い方法は、公正証書遺言にすることです。公正証書遺言であれば、法律の専門家である公証人が関与して作成されるため、遺言書の方法・形式が法律上の要件を満たさないようなことになることは、ほぼありません。

もし自筆証書遺言にこだわられる場合は、法務局に保管する制度の活用をお勧めします。この制度を活用すると、法務局での受付段階で、その遺言書の方法・形式に不備がないかの確認をしてくれるので、もし不備がある場合には、訂正したり作り直したりできます。

遺言書が偽造を疑われる事態を避けるためにも、公正証書遺言にするか、自筆証書遺言の場合は法務局に保管する制度を活用することをお勧めします。なぜなら、この場合には公証人役場や法務局に遺言書が保管されるため、第三者が勝手に遺言書の記載内容を書き換えたりすることができなくなるからです。

4 遺言書が作成された時点で、遺言者が認知症であった

(トラブルの原因)

遺言書にまつわるトラブルで比較的多いのが、「遺言書が作成された時点で、遺言者が認知症であった」として、法定相続人の一部が、遺言が無効であると主張するケースです。

遺言書を作成しようと考えるのは、多くの場合、かなり高齢になってからです。そして高齢者になればなるほど、いわゆる認知能力は、多かれ少なかれ、低下しています。

そこで、遺言書が作成された時点で、遺言者の認知能力が低下していたという事例は、実際、かなり多くあります。問題は「どの程度まで認知能力が低下していたら、遺言が無効になるのか」です。

この点、遺言も法律行為ですので、法律用語でいう意思能力が必要とされるのですが、遺言を有効に作成できるだけの意思能力(=遺言能力)について、一般的には「遺言内容を理解し、遺言の結果を弁識し得るに足る意思能力」が必要であると言われています。

そして遺言書を作成した時点で、遺言能力があったか否かは、精神科医の診断や医療記録、介護記録、本人の言動に関する記録などの資料に基づいて、総合的に判断されます。

仮に認知症という診断が出ていたとしても、認知症にも軽いものから重いものまで程度の違いが大きいですし、また、症状の時期によって変わり、認知能力が好転している時期と悪化している時期を交互に繰り返すような症例もあります。

さらに言えば、遺言の内容が単純明解なシンプルなものであれば、ある程度、認知症の症状が進んでいたとしても、その程度は理解できたはずたとして、遺言が有効であると認められたりもします。

このように、「遺言書が作成された時点で、遺言者が認知症であった」としても、それだけで直ちに「遺言は無効である」とはなりません。逆にいえば、それゆえに、相続人の間で、遺言書を有効と考えるか、無効と考えるかで、トラブルになるのです。

(トラブルの予防策)

トラブルの予防策としては、可能であれば、認知能力が低下する前、もしくは仮に認知能力の低下が始まっていたとしても、できるだけ早い時期に、遺言書を作成することが、トラブルの予防策になります。

また、認知症との診断が出ている場合には、その段階で作成された遺言書については、無効であると争われる可能性が高くなります。そのような場合は、後日、遺言書の有効性を争われた場合に備え、遺言書を作成した時点で、精神科医による認知能力診断を受けておくという方法があります。

さらに、遺言書の作成方法として、自筆証書遺言ではなく、公正証書遺言にしておくというのも、有力なトラブルの予防策になります。というのも、公正証書遺言の場合は、公証人が遺言作成者と面談して、遺言の内容や遺言者の意思を直接確認します。

そのようなステップを経て作成されるものであるため、たとえ遺言者が認知症にかかっていたとしても、公証人において「遺言書の内容を理解している」と評価したうえで遺言書が作成されているという評価につながるため、裁判になった場合でも、遺言が無効にはなりにくいと言えるのです。

5 遺言書に記載された内容があいまいであった

(トラブルの原因)

遺言書に「マンションは長男に相続させる」といった記載がされているケースがあります。しかし、遺産に含まれるマンションが複数ある場合などでは、どのマンションのことを指しているのか分かりません。

また、遺産に含まれるマンションが1つであったとしても、対象物件の特定が不十分であるとして、遺言書に基づく所有権移転登記を法務局が拒否することもあります。

このような場合、長男は、わざわざ他の相続人に対して、遺言書によってマンションの所有権が自分に移転しており、その結果、現在そのマンションの所有権を有しているのは自分であるとの確認を求める裁判を起こさなければならなくなります。

せっかく遺言書を作成したのに、記載内容があいまい、不明確であったばかりに、かえって相続人の間でトラブルを起こしてしまうことになります。

(トラブルの予防策)

このようなトラブルを予防するためには、遺言書を作成するにあたり、まずは法律の専門家である弁護士に相談することをお勧めします。弁護士であれば、遺言書の方式・形式面だけでなく、遺言書の記載内容についてもチェックして、内容があいまいであるために後日争いの原因になるような点は、しっかりと指摘できます。

また、公正証書遺言を作成する場合は、公証人も、遺言書の記載内容のチェックをしてくれます。ただ、公証人とのやりとりをするのも、慣れていない方には負担になると思われます。

この点、弁護士であれば、遺言者の意向をよく聞いたうえで、遺言者の意向を正しく反映した遺言書の案を作成したうえで、弁護士が公証人とやりとりすることで、遺言書の方式・形式のみならず、記載内容の完成度を高めることができます。

6 遺留分を侵害されたとして調停や訴訟になる

(トラブルの原因)

昔から「遺産は全て〇〇に相続させる。」という内容の遺言書が多く作成されてきました。特に、戦前の「家制度」とそれに基づく相続制度である「家督相続制度」の感覚が残っていた戦後の時代には多用された記載方法でした。

今でこそ「家制度」や「家督相続制度」の感覚を持つ人は少なくなっていますが、「遺産は全て〇〇に相続させる。」という内容の遺言書は、今でも散見されます。

このような遺言書の場合、遺言書の記載に単に従うだけであれば、他の相続人は遺産を一切もらえないことになります。しかし、民法は「遺留分制度」を設けていて、法定相続人が持っていたであろう「自分も遺産を相続できるだろう」という期待を「遺留分」という形で、一定限度の範囲内で、保護しています。

ですから、「遺産は全て〇〇に相続させる。」という内容の遺言書を作成した場合、他の法定相続人から「遺留分を侵害された」という主張がなされ、それが調停や訴訟に発展するというトラブルが生じてしまいます。

(トラブルの予防策)

よく用いられるトラブルの予防策としては、少なくとも「遺留分」に相当するだけの遺産は他の相続人に相続させる内容の遺言書にしておく、というものです。

例えば、夫が亡くなり、妻と子ども2人が相続人といったケースでは、妻が遺産に対して4分の1、子どもがそれぞれ遺産に対して8分の1ずつ「遺留分」を有しています。夫は、できるだけ多くの遺産を妻に相続させたいとしましょう。

この場合、「遺産は全て妻に相続させる。」とするのではなく、子ども2人に対して、それぞれ8分の1に相当する遺産は相続させる内容にして、残りの全てを妻に相続させるのです。このようにすれば、「遺留分」の侵害は生じませんので、それに基づく調停や訴訟にはなりません。

また、遺言書の外側の話にはなりますが、生前のうちに、法定相続人たちに対して、自分の考えをよく伝えて、遺留分の権利を行使しないように説得しておく、という方法もあります。これに加えて、遺言書においても「付言事項」として、遺留分の権利を行使しないようにお願いする文章を記載しておく、という方法もあります。

遺言書を作成すれば、相続にまつわるトラブル発生を回避できる可能性が高くなりますが、上記のように、せっかく遺言書を作成しても、その方法や記載内容のせいで、かえってトラブルを発生させてしまう恐れもあります。

トラブルを予防する遺言書を作成するためには、法的紛争を見据えた実践的なアドバイスができる弁護士に相談することをお勧めします。

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