親の債務を一人の相続人に引き継がせることができるか?

1 はじめに

親が亡くなって相続が発生したとき、「親がおっていた借金(債務)を、法定相続人のうちの一人だけに引き継がせたい」という相談を受けることがあります。そのようなことが可能かどうかについて、説明します。

2 親の債務を一人の相続人に引き継がせたいのは、どうしてか?

 「親の債務を一人の相続人に引き継がせたい」という相談は、たとえば親が個人事業を行っていて、その事業を後継者となる子どもが引き継いだ場合に、その事業に関して親が負っていた借金(債務)も、事業の後継者となる子どもだけに引き継がせたい、というケースで多くなされます。

3 原則:親の債務は法定相続人全員が分割相続

 親が亡くなって相続が発生した場合、親の財産(遺産)については、積極財産(=プラス財産・資産)についても、消極財産(=マイナス財産・負債)についても、原則として、法定相続人が法定相続分に応じて、分割して相続することになります。

 例えば、父親が亡くなり、法定相続人がその妻(=母親)と長男、次男の3人の場合、もし借金(負債)が3000万円あれば、妻(=母親)が1/2の1500万円、長男と次男がそれぞれ1/4の750万円、借金(負債)を相続することになります。

4 遺言書で「親の債務を一人に引き継がす」ことはできない

 では、亡くなった父親が、次のような遺言書を残していた場合は、どうでしょうか?

「自分の遺産は、自分の事業の後継者である長男にすべて相続させる。長男は、遺産をすべて相続で取得するから、自分が負っていた借金も全て長男が負い、妻(=母親)や次男には迷惑をかけない」

 遺言書がある場合、遺産の分割は、原則として遺言書の記載通りに行われます。ただ、注意しなければならないのは、遺産のうち、積極財産(=プラス財産、資産)と消極財産(=マイナス財産、負債)とで、第三者に対する法的効果が異なる点です。

 積極財産(=プラス財産、資産)については、遺言書の記載どおりの法的効果が、法定相続人の内部でも、第三者に対しても、生じます。

ですから、上記の例で言えば、長男は積極財産(=プラス財産、資産)である銀行預金債権を遺言により自分が取得したとして、第三者である銀行に対して主張することができます。

 ところが消極財産(=マイナス財産、負債)については、遺言書の記載どおりの法的効果は、法定相続人の内部関係では生じたと言えても、第三者に対しては生じたとはいえません。

 たとえば、先ほどの例(父死亡、債務3000万円、法定相続人は母、長男、次男。遺言書で全て長男が相続)だと、法定相続人の内部関係(母、長男、次男)では、債務3000万円の責任を負っているのは長男になりますが、第三者である債権者との関係では、民法の定め通り、法定相続分に従って、妻(=母親)が1/2の1500万円、長男と次男がそれぞれ1/4の750万円、借金(負債)を相続して負担することになるのです。

 つまり、遺言書で「親の債務を一人に引き継がす」ことは、できません。

5 遺産分割協議で「親の債務を一人に引き継がす」ことはできない

 では、法定相続人全員による遺産分割協議によって、親の債務を一人に引き継がせることはできるでしょうか? たとえば、法定相続人全員で、次のような遺産分割協議を成立させたら、どうなるのでしょうか?

「父親の遺産は、父親の事業の後継者である長男がすべて相続で取得する。長男は、遺産をすべて相続で取得するから、父親が負っていた借金も全て長男が負い、妻(=母親)や次男には迷惑をかけない」

 このような遺産分割協議を成立させてとしても、遺言書のケースと同じように、積極財産(=プラス財産、資産)については、遺産分割協議書の記載どおりの法的効果が、法定相続人の内部でも、第三者に対しても、生じますが、極財産(=マイナス財産、負債)については、遺言書の記載どおりの法的効果は、法定相続人の内部関係では生じたと言えても、第三者に対しては生じません。

 ですから、先ほどの遺言書の例と同様に、法定相続人の内部関係(母、長男、次男)では、債務3000万円の責任を負っているのは長男になりますが、第三者である債権者との関係では、民法の定め通り、法定相続分に従って、妻(=母親)が1/2の1500万円、長男と次男がそれぞれ1/4の750万円、借金(負債)を相続して負担することになります。

 つまり、遺産分割協議でも「親の債務を一人に引き継がす」ことは、できません。

6 なぜ遺言書でも遺産分割協議でも親の債務を一人に引き継がせられないのか

 遺言書でも、遺産分割協議でも、親の債務を一人に引き継がせることができないのは、なぜなのでしょうか? これは債権者を保護するためです。

 もともと債権者は、いざとなったら父親の持っている積極財産(=プラス財産、資産)から回収を図ることができる地位にありました。ところが、もし遺言書や、遺産分割協議によって、父親の積極財産(=プラス財産、資産)を長男に全て相続させる一方で、父親の消極財産(=マイナス財産、債務)を妻(=母親)に全て相続させるといった操作ができてしまうと、債権者は父親が持っていた積極財産(=プラス財産、資産)から回収を図ることが一切できなくなってしまいます。

 このような債権者にとって著しく理不尽な事態にならないようにするために、積極財産(=プラス財産、資産)については遺言書や遺産分割協議によって法定相続分と異なる分配を実現することを認める一方で、消極財産(=マイナス財産、負債)については、遺言書や遺産分割協議によっても、第三者との関係では、法定相続分どおりに分割相続される、という制度になっているのです。

7 最もよい方策は「免責的債務引受」

 このように、消極財産(=マイナス財産、負債)が第三者との関係では法定相続分どおりに分割相続されることになっている理由は、債権者を保護するためです。逆に言えば、債権者の同意が得られさえすれば、親の債務を法定相続人の一人にだけ集中させることが可能です。

 例えば、もし債権者が、妻(=母親)と次男が相続した債務を、父親の事業を承継する後継者たる長男が引き受けることを認めたうえで、妻(=母親)と次男に対する債務を免除することも認めれば、結果として父親の債務は全て長男が引き継ぐことになります。

 このような方法を「免責的債務引受」といいます。

 もともと債務者であった親の積極財産(=プラス財産、資産)を全て長男が相続するというような場合であれば、その親が負っていた債務も全て長男に集中させることになる「免責的債務引受」に債権者が同意してくれることもあります。

8 次善の策として「重畳的債務引受」

 債権者が、上述の「免責的債務引受」を認めてくれれば一番良いのですが、債権者によっては、「免責的債務引受」を認めてくれない場合があります。その場合の次善の策としては「重畳的債務引受」という方法があります。

 これは、例えば、債権者が、妻(=母親)と次男が相続した債務を、父親の事業を承継する後継者たる長男が引き受けることを認める一方で、妻(=母親)と次男に対する債務の免除は認めない、というものです。この方法では、妻(=母親)と次男は債務者としての地位を免れることはできませんが、その債務者たる地位を長男も重ねて負うことになることから、長男が債権者に対してちゃんと債務の返済を履行する限りは、債務の弁済を免れることができます。

 この「重畳的債務引受」は、各相続人が法定相続分に応じた債務を負担することになるという原則を維持しつつ、特定の法定相続人についてだけ重ねて(重畳的に)債務を負わせるものであるため、債権者の同意を得やすいやり方です。

9 「相続放棄」によって債務を一人に集めるという選択肢

 「免責的債務引受」や「重畳的債務引受」は、どちらも債権者の同意がなければ実現できない方法です。債権者の考え方次第という意味では、実現できるかどうか不安定であるとも言えます。

 これに対して、法定相続人側の意向だけで、親の債務を法定相続人の一人に集中させる方法もあります。それは「他の相続人全員が相続放棄をする」という方法です。他の相続人全員が相続放棄を行えば、法定相続人は残された一人だけになりますから、当然、親の債務も全てその残された法定相続人が負うことになります。

 ただ、この方法を採った場合、相続放棄をした法定相続人は、親からの積極財産(=プラス財産、資産)も、相続では一切、受け取れないことになってしまいます。いくら親の消極財産(=マイナス財産、債務)の負担を免れるといっても、何ももらえなくなるのでは不公平だということで、他の法定相続人がこの方法を採ることを受け入れない場合も考えられます。

 そこで、親が生きているうちから、将来の相続放棄を見据えて、生前贈与の形で他の法定相続人に対して十分な財産を分け与えておくという生前対策を行っておくことが考えらえます。そうすれば、他の法定相続人も抵抗感なく相続放棄を受け入れられるからです。

10 親の債務を一人に集めることに関する相談は千瑞穂法律事務所へ

親の債務を一人に集めるようにするためには、法的知識や経験が必要となります。

この点、千瑞穂法律事務所には、長年にわたり裁判官や公証人を務めた弁護士や、家庭裁判所の現役の非常勤裁判官として、親の債務を一人に集めることについて法的アドバイスをしてきた弁護士が在籍しています。

そうした経験と実績に基づいて、千瑞穂法律事務所では、親の債務を一人に集めることについての様々な問題や相談に対して、適切な法的助言を行うことができます。

 親の債務を一人に集めることについてお困りごとがあれば、まずはお気軽に、千瑞穂法律事務所にご相談下さい。

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