遺言書が必要な人とは?7つのチェックリストで確認|広島の弁護士が解説

「うちの家族に限って、相続でもめることなんてありませんよ」

広島市中区の当事務所で遺言や相続のご相談をお受けしていると、初回の面談でこの言葉を本当によく耳にします。そして、実際に遺産分割の紛争を代理人としてお引き受けするときにも、そのご家族のどなたかが生前にまったく同じことをおっしゃっていた、という話を伺うことが少なくありません。

もめるご家族が特別なわけではありません。むしろ、ごく普通に仲の良かったご家族が、たった一つの不動産の分け方をきっかけに口をきかなくなる。そういう場面を、私たちは何度も見てきました。

ご自身に遺言書が必要かどうか。それを判断するための手がかりを、7つのチェックリストという形で整理しました。ご自身やご両親の状況に照らしながら、いくつ当てはまるかを数えてみてください。

このページの目次

第1 「うちの家族に限って」という思い込みから

1 もめるかどうかは、遺産の額では決まらない

遺言書の話をすると、「そんなに財産があるわけではないので」と遠慮される方がいらっしゃいます。けれども、家庭裁判所の手を借りることになった遺産分割事件を遺産額で分類してみると、その多くは決して大資産家の争いではありません。司法統計を見る限り、遺産額が5,000万円以下の事件が全体の4分の3ほどを占めるという傾向が、毎年安定して続いています。

ご相談にみえる方が口をそろえておっしゃるのは、「まさか自分の家族がもめるとは思っていなかった」ということです。しかもそれは、子どもの頃は仲が良かった、という程度の話にとどまりません。大人になってそれぞれが結婚し、子どもが生まれてからも親しく行き来していた。お盆や正月には自然と集まっていた。そういうご家族が、相続をきっかけに一変してしまうのです。

(1)分けられる財産か、分けられない財産か

では何が分かれ目になるのか。私たちの実感では、遺産の額そのものよりも、その中身です。預貯金だけであれば、電卓一つで一円単位まで平等に分けられます。しかし、遺産の中心が自宅や賃貸アパートといった不動産になった瞬間に、話は途端に難しくなります。切り分けられないものを、複数の人間で納得できるように配分しなければならないからです。

(2)何が「公平」かは、人によって違う

もう一つの、そしておそらくもっと根の深い分かれ目は、それぞれの相続人が心の中に持っている「公平」の物差しがずれていることです。

意外に思われるかもしれませんが、遺産分割でもめているご家族の中に、自分勝手なことを言っているつもりの人はほとんどいません。それどころか、当事者の多くが「公平に分けたい」とおっしゃいます。それなのに話がまとまらないのは、何をもって公平とするのかについて、お互いの認識がまるで違うからです。一方が公平だと信じている分け方が、他方から見るとどうしても不公平に映る。

その典型が、親御さんの介護をめぐる認識の違いです。

たとえば、ご両親と同居していた長男ご夫婦が、長年にわたって介護を担ってきたケース。長男の側からすれば、日々の負担を一身に背負ってきたのだから、その分を考慮して遺産を多めに受け取ることこそが公平だ、ということになります。

ところが、家を出て独立したご兄弟の側から見ると、同じ事実がまったく違って見えます。自分たちは家を出て、自分の力で家を建てた。それに対して長男は、親の家に家賃も払わずに住み続け、生活の面でも援助を受けてきたではないか。介護というのは、その恩恵とセットになった負担であって、それを理由に多く受け取る筋合いはない。そういう理屈です。

どちらの言い分にも、それなりの理があります。だからこそ、当事者同士では決着がつきません。「公平に分けたい」という同じ願いを持った人たちが、互いの公平をぶつけ合って身動きが取れなくなる。これが、遺産分割の現場でいちばんよく起きていることです。

そして、この介護をめぐる認識の違いは、単純に法定相続分で分けるのでは納得できない、という感情に直結します。法律の条文の話ではなく、それまでの何十年かをどう評価するかという話ですから、簡単に折り合えるものではありません。

2 資産規模が大きいご家庭ほど、こじれたときの損失は大きい

とはいえ、遺産の規模が大きい場合に、問題が軽くなるわけではまったくありません。むしろ逆です。

(1)相続税の申告期限は10か月しかない

相続税の申告と納付の期限は、相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内と定められています(相続税法27条1項)。この10か月というのは、四十九日を終え、遺産の全体像を調べ、相続人全員で話し合って結論を出すまでを考えると、決して長い時間ではありません。

そして厄介なことに、遺産分割がまとまらないまま申告期限を迎えると、相続税の負担を大きく軽くする二つの制度が原則として使えなくなります。配偶者の税額軽減(相続税法19条の2)と、小規模宅地等の特例(租税特別措置法69条の4)です。

配偶者の税額軽減は、配偶者が取得した財産のうち1億6,000万円か法定相続分相当額のいずれか多い金額までは相続税がかからないという、極めて効果の大きい制度です。小規模宅地等の特例のほうも、自宅の敷地であれば330平方メートルまで評価額を8割減らせます。ところが、いずれも申告期限までに分割されていない財産には原則として適用できません。

もめている間に、本来払わなくてよかった税金を払うことになる。これは資産規模が大きいご家庭ほど、金額として重くのしかかります。

(2)塩漬けになる収益不動産

賃貸アパートや商業ビルをお持ちの方の場合は、さらに深刻です。遺産分割がまとまるまで、その物件の名義は動きません。大規模修繕をするかどうか、家賃を下げるかどうか、思い切って売却するかどうか。こうした判断が、相続人全員の合意がなければ何一つ下せなくなります。その間にも建物は古くなり、入居率は下がっていきます。

第2 遺言書がないと、遺産はどうなるのか

遺言書の必要性を考えていただく前に、遺言書がない場合に何が起きるのかを押さえておきましょう。ここが分かると、チェックリストの意味がぐっと理解しやすくなります。

1 相続人全員の話し合いが必要になる

遺言書がなければ、遺産をどう分けるかは、相続人全員の話し合いによって決めることになります。これを遺産分割協議といいます。

(1)一人でも反対すれば、何ひとつ決まらない

遺産分割協議は、多数決ではありません。相続人が5人いて、4人が賛成していても、1人が首を縦に振らなければ協議は成立しません。全員一致が必要なのです。

このことは、実務上とても重い意味を持ちます。一人の相続人が「私は納得できない」と言い続ける限り、預金は下ろせず、不動産の名義も変えられず、時間だけが過ぎていきます。

(2)実印と印鑑証明書を全員から集めるという現実

協議がまとまったとしても、そこで終わりではありません。遺産分割協議書に相続人全員が署名し、実印を押し、それぞれの印鑑証明書を添えなければ、法務局も金融機関も手続きを受け付けてくれません。

相続人が県内に集まって暮らしていればまだよいのですが、東京や海外にお住まいの方、疎遠になっている方が一人でも混じっていると、書類が一巡するだけで何か月もかかることがあります。

2 法定相続分という「取り分」の目安

話し合いのたたき台になるのが、民法900条が定める法定相続分です。

(1)配偶者とお子さんが相続人になる場合

配偶者が2分の1、お子さんたち全員で2分の1を分け合います。お子さんが2人であれば、それぞれ4分の1ずつということになります。

(2)配偶者とご両親、配偶者とご兄弟が相続人になる場合

お子さんがいらっしゃらない場合、次に相続人になるのはご両親などの直系尊属です。このときの割合は、配偶者が3分の2、ご両親が3分の1です。

ご両親もすでに亡くなっている場合には、被相続人のご兄弟姉妹が相続人になります。このときは、配偶者が4分の3、ご兄弟姉妹全員で4分の1を分け合うことになります。なお、ご兄弟姉妹がすでに亡くなっている場合には、その子、つまり甥や姪が代わって相続人になります(民法889条2項)。

3 話し合いがまとまらなければ、家庭裁判所へ

(1)遺産分割調停・審判という手続き

当事者だけで解決できないときは、家庭裁判所に遺産分割の調停を申し立てることになります。広島にお住まいの方であれば、広島家庭裁判所が舞台になることが多いでしょう。調停は月に一度程度のペースで進みますから、まとまるまでに1年、2年とかかることは決して珍しくありません。それでもまとまらなければ、審判に移行し、裁判所が結論を出します。

当事務所には、広島家庭裁判所の非常勤裁判官である家事調停官を務めている弁護士が在籍しています。調停の席で当事者のどのような主張が受け入れられ、どこで折り合いがつかなくなるのか。その現場感覚を踏まえたうえで、遺言書の内容を設計できることは、当事務所の大きな強みだと考えています。

(2)10年を過ぎると、言い分が通らなくなる

もう一つ、近年の改正で加わった重要な期限があります。令和5年4月1日から施行された民法904条の3です。

相続開始のときから10年を経過した後の遺産分割では、特別受益や寄与分の主張ができなくなりました。つまり、「兄は住宅資金として多額の援助を受けていたはずだ」「私は10年以上にわたって父の介護をしてきた」といった言い分は、10年を過ぎると原則として聞いてもらえず、単純に法定相続分で分けることになるということです。

放っておけば、いつか誰かが動いてくれる。そういう問題ではなくなりました。

第3 遺言書の必要度チェックリスト 7つの項目

ここからが本題です。次の7項目のうち、ご自身に当てはまるものがいくつあるかを数えながらお読みください。

1 夫婦の間に子どもがいない

(1)配偶者だけが相続人になるとは限らない

ご夫婦にお子さんがいらっしゃらない場合、「妻が全部相続するのだろう」と考えておられる方が非常に多いのですが、これは誤解です。

配偶者は常に相続人になります(民法890条)。しかし、お子さんがいない場合には、ご両親などの直系尊属が、その直系尊属も亡くなっていればご兄弟姉妹が、配偶者と並んで相続人になるのです(民法889条1項)。ご兄弟姉妹が先に亡くなっていれば、甥や姪が相続人になります。

(2)自宅を売らなければならなくなる、という現実

ここで問題になるのが、遺産の中身です。ご夫婦の財産の大半が、長年住んできた自宅というケースは珍しくありません。

仮に自宅の評価が4,000万円、預貯金が1,000万円だとしましょう。相続人が奥様とご主人の弟さんお二人だとすると、弟さんたちの取り分は合わせて4分の1、つまり1,250万円です。預貯金1,000万円を全部渡してもまだ足りません。残りを支払えなければ、奥様は住み慣れた家を売却するしかなくなります。

しかも、ご主人のご兄弟とは、これまでほとんど付き合いがなかったという方も多い。その方々と、夫を亡くしたばかりの奥様が、自宅の評価をめぐって交渉しなければならないのです。

(3)兄弟姉妹には遺留分がない

実は、この場面こそ遺言書の効き目がいちばん大きく現れます。

遺留分とは、一定の相続人に法律上保障された最低限の取り分のことですが、民法1042条1項は「兄弟姉妹以外の相続人は」と定めています。つまり、ご兄弟姉妹には遺留分がありません。

したがって、「全財産を妻に相続させる」という遺言書を一通残しておけば、ご兄弟や甥姪から取り分を請求されることはなく、奥様は自宅を守ることができます。たった一通の書面が、奥様の残りの人生を左右するのです。

2 再婚しており、前妻(前夫)との間に子どもがいる

(1)会ったこともない相続人と、実印を押し合う

前のご結婚で生まれたお子さんは、現在一緒に暮らしていなくても、また何十年も会っていなくても、間違いなく相続人です。離婚によって親子関係が切れることはありません。

そうすると、ご主人が亡くなった後、後妻である奥様と現在のお子さんは、前妻のお子さんと遺産分割協議をしなければならなくなります。多くの場合、お互いに面識がありません。連絡先すら知らないこともあります。

(2)返事が来ない場合にどうなるか

住所を戸籍から辿って手紙を出しても、返事が来ないことがあります。感情的な問題があるうえに、突然「遺産分割協議書に押印してください」と言われて、素直に応じられる方ばかりではないからです。

返事が来なければ、家庭裁判所の調停に進むほかありません。前妻のお子さんの側からすれば、これは自分の権利を主張する正当な機会ですから、法定相続分をきちんと請求されるのが通常です。

(3)遺留分への配慮は欠かせない

この類型で遺言書を作るときに気をつけていただきたいのは、前婚のお子さんにも遺留分があるということです。ご兄弟姉妹と違い、お子さんは遺留分権利者です。「全財産を後妻に」という遺言を残しても、遺留分侵害額の請求を受ければ、結局は金銭を支払うことになります。

大切なのは、遺留分に配慮した配分をあらかじめ設計しておくことです。そのうえで、なぜそのように分けるのかという理由を付言事項として書き残しておけば、請求そのものを思いとどまってもらえる可能性が高まります。

3 主な財産が実家(不動産)で、分けにくい

(1)4つの分け方と、それぞれの落とし穴

不動産の分け方には、大きく4つの方法があります。

①現物分割です。
土地を物理的に分筆して分ける方法ですが、建物が建っている土地では現実的でないことがほとんどです。

②代償分割
一人が不動産を取得し、他の相続人にその分の金銭を支払う方法です。もっとも公平に近い解決になりますが、取得する側にまとまった現金がなければ成立しません。

③換価分割
売却して現金を分ける方法です。すっきりしますが、誰かがその家に住み続けたい場合には使えません。

④共有
相続人全員の共有名義にしておく方法で、その場では波風が立ちません。ですから、話がまとまらないときの逃げ道としてよく選ばれます。

(2)共有にした不動産が、次の世代でさらにこじれる

しかし、この共有こそが最も危険な選択です。

共有にした不動産を売却するには、共有者全員の同意が必要です。大規模修繕も同じです。そして時が経ち、共有者の一人が亡くなれば、その持分がさらに複数の相続人に分かれていきます。二世代も経つと、顔も知らない親族が十数人という状態になり、もはや誰にも動かせない不動産ができあがります。

ここで見落とされがちなのは、共有にした当のご兄弟の世代では、案外なにも問題が起きないということです。兄弟同士であれば連絡も取れますし、話もできます。だから、そのときは「これでうまくいっている」と思える。

問題が表に出るのは、次の世代です。いとこ同士になると、もともと交流が薄いことが少なくありません。しかも相続を経るたびに人数が増えていきます。そうなると、全員の同意を取り付けることはおろか、持分の過半数の同意を集めることさえ難しくなります。

そこまで来ると、話し合いでの解決はほぼ不可能です。共有物分割の訴訟を起こす(民法258条1項)、あるいは共有持分を放棄したうえで、その持分が帰属することになる他の共有者に対して登記の引取りを求める訴訟を起こす(民法255条)。こうした法的手続きを使わなければ動かせない状態に陥ってしまいます。私たちも、そうした案件をいくつも手がけてきました。

広島市内でも、中心部の一等地でありながら、権利関係が複雑に絡まって何十年も手つかずのままになっている土地建物を、実際に何件も目にしています。

(3)「良かれと思って共有にした遺言書」が、かえって縛りになる

厄介なのは、この共有状態が、遺産分割の場面だけでなく、遺言書によって作られてしまうことがあるという点です。

とくに多いのが、親族で経営されている会社のケースです。親御さんが創業者で、お子さんたちがそれぞれ事業を手伝っている。こうしたご家庭では、創業者個人の資産と会社の資産が、事業用資産として混ざり合っていることがよくあります。創業者個人名義の土地の上に会社の建物が建っている、創業者個人の車を会社の事業に使っている、といった具合です。

そのうえで創業者の方は、「子どもたちが争うことなく、手を取り合って事業を進めていってほしい」という願いから、会社の株式をお子さんたちに分散して相続させたり、事業に関わる不動産をあえて共有にする遺言書を残されたりします。

そのお気持ちは、痛いほどよく分かります。そして本当にご兄弟の仲が良く、その良さが将来にわたって続くのであれば、それが理想です。問題も表には出ません。

しかし実際には、経営方針や事業への関わり方の違いから、ご兄弟の関係が徐々に悪化していくことが少なくありません。そして関係が悪くなったときに、不動産が共有になっているために、お互いが身動きの取れない、がんじがらめの状態に置かれてしまうのです。

善意から出た遺言書が、結果としてご家族を縛ってしまう。この落とし穴は、財産の中に事業用の不動産や自社株が含まれる方には、ぜひ知っておいていただきたいところです。

(4)配偶者居住権という選択肢

平成30年の相続法改正で新設され、令和2年4月1日から使えるようになったのが配偶者居住権です(民法1028条)。

これは、建物の所有権そのものは別の相続人に渡しつつ、奥様には亡くなるまでその建物に無償で住み続ける権利を確保する、という仕組みです。所有権より評価額が低くなるため、奥様は住まいを確保したうえで、預貯金など他の財産も受け取りやすくなります。

ここで注意していただきたいのは、遺言書で配偶者居住権を設定する場合、条文上は「遺贈の目的とされたとき」と定められている点です(民法1028条1項2号)。「相続させる」という書き方では意図した効果が生じないおそれがあるため、必ず「遺贈する」という文言で作成する必要があります。こうした細かな書きぶりの違いが結論を分けるところに、専門家が関与する意味があります。

4 自営業や農業をしており、特定の子に事業を継がせたい

(1)自社株が分散すると、会社の意思決定が止まる

会社を経営されている方にとって、最大の相続財産は自社株であることが少なくありません。この自社株が、遺言書のないまま法定相続分どおりに相続人へ分散すると、何が起きるか。

後継者であるご長男が持株の過半数を確保できなければ、取締役の選任も、定款の変更も、思うようにできなくなります。相続をきっかけに、経営に関与していないご兄弟が突然発言力を持ち、会社の意思決定が止まってしまう。同族会社の顧問弁護士としてご相談を受けていると、こうした場面に何度も遭遇します。

(2)分散した株式は、世代を重ねるごとに「系統」になる

株式の分散が本当に恐ろしいのは、それが一代で終わらないところです。

私が実際に手がけた案件に、次のようなものがありました。創業者の株式が長男、次男、三男の三人に分かれ、さらにその次の世代でそれぞれが分散した結果、長男系統のグループ、次男系統のグループ、三男系統のグループという、三つの株主グループができあがってしまったのです。

しばらくの間は、大きな問題は起きていませんでした。会社の経営を引き継いだ系統以外のグループは、株を持っているだけの状態で、経営に口を出すこともなかったからです。

ところが、経営を担っていたグループの内部で主導権をめぐる争いが生じたとたん、状況が一変しました。争っている双方が、他の系統の方々が持っている株式の議決権を取り込もうとして、争奪戦が始まったのです。

そしてこれをきっかけに、それまで経営にまったく関与していなかったグループが、会社経営に介入してくることになりました。結果として、会社の経営は大混乱に陥りました。

眠っているように見えた分散株式が、何かの拍子に一斉に目を覚ます。株式を分けるということは、そういう火種を将来に残すということでもあります。

(3)株式の評価をめぐって、話し合いが行き詰まる

もう一つ、株式に特有の難しさがあります。値段が決まらない、ということです。

相続によって株式が複数の相続人の準共有状態になった案件で、その株式を経営を担っている相続人に集約しようとしたところ、いくらで買い取るかをめぐって完全に行き詰まったケースがありました。

買取りを求める側は、会社の時価総額をもとに株式の価値を算定し、その金額を主張しました。これに対して経営側の相続人は、簿価を基準にするなら応じるが、そうでなければ現物分割で構わない、という姿勢を崩しませんでした。

なぜそこまで強気に出られたのか。すでに何度かの相続を経る過程で、経営側に大多数の株式が集まっていたからです。買取りを求めた相続人の株式を無理に取得しなくても、会社の経営には支障がない。そういうドライな判断があったのです。

非上場株式には市場価格がありません。時価純資産で見るのか、収益力で見るのか、簿価で見るのか。立場によって主張できる評価方法が違ううえに、どれが正しいと一律に決まるものでもない。ですから、いったん対立すると出口が見えなくなります。

なお、株式が複数人の準共有になっている間は、権利を行使する者を一人定めて会社に通知しなければ、その株式について議決権を行使することができません(会社法106条)。誰を権利行使者にするかで、また一つ争いの種が増えることになります。

(4)事業用資産の集中と、他のお子さんへの配慮

かといって、後継者にすべてを渡せばよいというものでもありません。他のお子さんにも遺留分がある以上、あまりに偏った内容の遺言は、かえって遺留分侵害額請求という新たな火種を生みます。

そこで実務では、自社株や事業用不動産は後継者に集中させたうえで、他のお子さんには生命保険金や預貯金を配分し、全体として遺留分を侵害しないように設計していきます。この設計には、株価の評価という税務の視点が欠かせません。当事務所は相続税に精通した税理士の在籍する事務所と連携しておりますので、法律面と税務面を突き合わせながら、実行可能な承継プランをご提案することができます。

(5)株価が思わぬ高額になり、納税資金が足りなくなる

非上場株式は市場で売れませんから、相続人にとっては現金化しにくい財産です。ところが相続税の評価上は高額になることがあり、「売れない株に高い税金がかかる」という事態が起こります。

会社の業績が好調であればあるほど、この問題は深刻になります。生前に株価対策を講じ、納税資金を確保しておく必要があるのはそのためです。

5 息子の妻や孫、お世話になった方にも財産を遺したい

(1)相続人でない方は、遺言書がなければ一円も受け取れない

長年にわたってご自身の身の回りの世話をしてくれた息子さんの奥様。同居して面倒をみてくれたお孫さん。事業を陰で支えてくれた古くからの従業員。

こうした方々は、どれほど尽くしてくださっていても、法律上の相続人ではありません。遺言書がなければ、遺産を受け取る権利は一切ないのです。

(2)特別寄与料という制度と、その限界

平成30年の改正で、相続人以外の親族が特別寄与料を請求できる制度が新設されました(民法1050条)。無償で療養看護などの労務を提供し、被相続人の財産の維持や増加に特別の寄与をした親族は、相続人に対して金銭の支払を請求できる、というものです。

一見すると心強い制度ですが、実際には使い勝手がよいとは言えません。まず、対象は「親族」に限られますから、内縁のパートナーや親族でない方は請求できません。次に、無償であることが要件ですから、少しでも対価を受け取っていた場合は難しくなります。そして何より、相続の開始と相続人を知ったときから6か月、相続開始のときから1年という短い期限があり、これを過ぎると請求できなくなります。

結局のところ、確実に財産を渡したいのであれば、遺言書を書いておくほかありません。

(3)遺贈と、相続税の2割加算

相続人以外の方に財産を渡すことを、遺贈といいます。遺贈には、財産の一定割合を渡す包括遺贈と、特定の財産を指定して渡す特定遺贈があります。包括遺贈を受けた方は相続人と同一の権利義務を有するとされており(民法990条)、遺産分割協議にも参加することになりますので、どちらの形にするかは慎重に選ぶ必要があります。

もう一点、税務上の注意があります。被相続人の一親等の血族と配偶者以外の方が財産を取得した場合、その方の相続税額は2割加算されます(相続税法18条)。お孫さんや息子さんの奥様は、この2割加算の対象です。渡す金額を決めるときには、この点も織り込んでおかなければなりません。

6 長年連絡が取れない相続人、判断能力が低下した相続人がいる

(1)行方不明の相続人がいる場合

遺産分割協議は相続人全員でしなければなりませんから、一人でも所在の分からない方がいると、協議そのものが成立しません。

この場合、家庭裁判所に不在者財産管理人の選任を申し立て(民法25条1項)、その管理人を交えて協議を行うことになります。生死不明の状態が7年間続いているのであれば、失踪宣告を申し立てるという方法もあります(民法30条1項)。

いずれにしても、家庭裁判所の手続きを一つ余分に経なければならず、時間も費用もかかります。

(2)判断能力が低下した相続人がいる場合

見落とされがちなのですが、相続が起きるとき、相続人の側もまた高齢になっています。親御さんが90代で亡くなれば、お子さんたちは60代、70代です。ご兄弟が相続人になる場合であれば、なおさらです。

そうすると、相続人の中に、認知症などによってすでに法的な判断ができない状態になっている方がいる、というケースが決して珍しくありません。

ア ご家族が代わりに署名しても、有効な遺産分割にはならない

このとき、そのご本人の奥様やお子さんが、代理人のような形で遺産分割の話し合いに加わろうとされることがあります。ご家族としては、ごく自然な行動だと思います。

しかし、法的には、その方々は当事者ではありません。ですから、その方々が話し合いに加わり、書類に署名押印したとしても、有効な遺産分割にはなりません。後になって「あの遺産分割は無効だ」と蒸し返される火種を抱え込むだけです。

イ 遺産分割の前に、もう一つ別の手続きが必要になる

そこでやむを得ず、家庭裁判所に後見開始の審判を申し立てることになります(民法7条)。

しかし、後見人が選任されるまでには、相当の手間と時間と労力がかかります。申立書類を整え、医師の診断書を取り、場合によっては鑑定が行われることもあります。

つまり、遺産分割という手続きを進めるために、その前提として、後見人選任というまったく別の手続きを先に済ませなければならないのです。ここで半年から1年近くを費やしてしまうことも珍しくありません。

ウ 専門職の後見人が選任されると、報酬はご本人が亡くなるまで続く

さらに知っておいていただきたいのが、費用の問題です。

遺産の規模が大きい場合、ご親族が後見人になることは認められにくく、家庭裁判所が弁護士や司法書士といった専門職を後見人に選任することが多くあります。その場合、専門職の報酬は、被後見人であるご本人の財産から支出されることになります。

そして、ここが多くのご家族が驚かれるところなのですが、遺産分割が終わったからといって、それを理由に後見を終わらせることはできません。後見開始の審判が取り消されるのは、判断能力を欠く常況にあるという原因そのものが消滅した場合に限られますが(民法10条)、認知症の場合に判断能力の回復を期待できることは、まずありません。

結果として、専門職への報酬は、ご本人がお亡くなりになるまで発生し続けます。遺産分割のために始めた手続きが、その後何年、何十年と続いていくのです。

(3)遺言書があれば、これらを経ずに済むことがある

遺言書で財産の行き先が明確に指定されていれば、そもそも遺産分割協議をする必要がありません。遺言執行者を指定しておけば、その方が単独で手続きを進められます。

行方不明の相続人がいる、判断能力の低下した相続人がいる。こうした事情がある場合こそ、遺言書の価値は跳ね上がります。

7 家族・兄弟の仲があまりよくない、あるいは疎遠である

(1)過去の不公平感が、相続をきっかけに噴き出す

ご兄弟の仲があまりよくないというご家庭では、多くの場合、その原因は相続そのものではなく、それ以前の長い時間の中にあります。

誰が住宅資金の援助を受けたか。誰が学費を多く出してもらったか。誰が親の介護を引き受け、誰が引き受けなかったか。こうした思いは、普段は口に出されないまま蓄積していきます。そして相続という場面で、金銭という具体的な形をとって噴き出すのです。

法律上は、生前の贈与は特別受益として、介護などの貢献は寄与分として考慮する余地があります。しかし、どちらも証明が難しく、金額の評価をめぐって激しく争われるのが常です。しかも先ほど述べたとおり、相続開始から10年を過ぎるとこれらの主張自体ができなくなります。

(2)疎遠であること自体が、手続きを止めてしまう

仲が悪いわけではないけれど、何十年も年賀状のやりとりだけ。そういう関係の相続人がいる場合も要注意です。

悪意がなくても、書類が返ってこない。連絡がつかない。相手にも生活があり、自分にとっては縁の薄い親戚の相続手続きは後回しになる。それだけのことで、手続きは何年も止まります。

(3)遺言書は、話し合いそのものを不要にする

遺言書があれば、相続人は集まって話し合う必要がありません。顔を合わせずに済むということが、この類型では決定的な意味を持ちます。

争いを収めるのではなく、争いの場が開かれないようにしておく。それが遺言書の最も現実的な効用です。

8 いくつ当てはまりましたか

(1)一つでも当てはまる方へ

7項目のうち一つでも当てはまるものがあれば、遺言書の作成を具体的に検討していただきたい状況だと考えてください。当てはまる項目は、そのまま将来の紛争の火種になり得るポイントです。

(2)二つ以上当てはまる方へ

二つ以上当てはまる場合には、できるだけ早く専門家にご相談されることをお勧めします。複数の要因が重なると、問題は足し算ではなく掛け算で複雑になっていくからです。

そして、遺産の規模が相続税の基礎控除額を超える見込みの方は、税務も含めた設計が不可欠です。基礎控除額は「3,000万円+600万円×法定相続人の数」で計算されます(相続税法15条)。相続人が奥様とお子さん2人であれば4,800万円ですから、広島市内に持ち家があり、預貯金や有価証券もお持ちの方であれば、これを超えるケースは決して珍しくありません。

第4 遺言書があれば、具体的に何ができるのか

チェックリストで必要性を感じていただいたところで、遺言書という書面が実際に何をしてくれるのかを整理しておきます。

1 誰に、どの財産を、どれだけ渡すかを指定できる

(1)相続分の指定

民法902条により、遺言者は法定相続分と異なる割合で相続分を定めることができます。「妻に3分の2、長男に3分の1」といった指定です。

(2)特定の財産を、特定の人に承継させる

より実務で使われるのは、財産を一つひとつ特定して、誰に承継させるかを書く方法です。「広島市中区○○の土地建物は長男に相続させる」といった書き方です。

このタイプの遺言は、法律上は特定財産承継遺言と呼ばれています(民法1014条2項)。長らく「相続させる旨の遺言」と呼ばれてきたものです。誰が何を取得するかが一義的に決まりますから、不動産の名義変更もスムーズに進みます。

なお、財産を渡す予定だったお子さんが遺言者より先に亡くなってしまった場合にどうなるかという問題があります。最高裁の判例は、特段の事情がない限り、その遺言は効力を生じないという立場をとっています。そのため実務では、「長男が遺言者より先に死亡した場合には、その財産は孫の○○に相続させる」という予備的な条項を入れておくのが通例です。

(3)遺産分割の方法の指定と、分割の禁止

民法908条1項は、遺言で遺産分割の方法を定めること、また相続開始のときから5年を超えない期間を定めて遺産の分割を禁ずることができると規定しています。事業承継の準備が整うまで一定期間分割を止めておく、といった使い方が考えられます。

2 相続人以外の方にも財産を渡せる

(1)遺贈という仕組み

先ほど触れたとおり、遺言によって相続人以外の方に財産を渡すことができます。息子さんの奥様、お孫さん、内縁のパートナー、長年支えてくれた従業員。法定相続のルールでは何も渡らない方々に、確実に財産を届ける唯一の方法が遺言書です。

(2)団体への寄付

母校や地域の福祉団体、医療機関などに財産を寄付したいというご希望も、遺言書で実現できます。広島の地域社会に何かを残したいというお気持ちを、形にすることができます。

3 遺言執行者を決めておける

(1)遺言執行者がいれば、手続きが止まらない

遺言書の中で、その内容を実現する役割を担う遺言執行者を指定しておくことができます(民法1006条1項)。遺言執行者は、遺言の内容を実現するために必要な一切の行為をする権利義務を有します(民法1012条1項)。

遺言執行者がいれば、預金の解約も、不動産の名義変更も、原則としてその方が単独で進められます。相続人一人ひとりに書類をお願いして回る必要がありません。

また、遺言執行者がいる場合、相続人は遺言の執行を妨げる行為をすることができず、これに違反した行為は無効とされます(民法1013条1項、2項本文)。もっとも、善意の第三者に対しては無効を主張できないという例外がありますので(同条2項ただし書)、過信は禁物です。

(2)弁護士を遺言執行者に指定する意味

遺言執行者にはご家族を指定することもできますが、相続人の一人を指定すると、他の相続人から公平性を疑われることがあります。また、遺留分をめぐる争いが起きたときに、当事者であるご家族が執行者を務めるのは酷でもあります。

弁護士を遺言執行者に指定しておけば、中立の立場で粛々と手続きを進められますし、万一紛争が生じた場合にも、その場でご相談いただけます。

4 ご家族への感謝を、付言事項として残せる

(1)法的な効力はないけれども

遺言書には、財産の分け方とは別に、ご自身の気持ちを自由に書き記すことができます。これを付言事項といいます。

付言事項に法的な拘束力はありません。書かなくても遺言書は有効ですし、書いてあるからといって相続人がそのとおりに動く義務を負うわけでもありません。

それでも、私たちは遺言書を作成される方に、付言事項を書いていただくようお勧めしています。

(2)なぜこう分けたのかを書き残す

「長男には自宅を継いでもらう代わりに、母の面倒をみてほしい」「長女には十分にしてやれなかったが、預金はすべて渡すつもりだ」「みんなが仲良く付き合っていってくれることが、私の一番の願いだ」

こうした言葉が添えられているだけで、受け取る側の気持ちは変わります。取り分への不満よりも、親の思いを尊重しようという気持ちが勝つことがあるのです。

(3)うまくいった付言事項は、弁護士の目には触れない

正直に申し上げると、私たち弁護士のところに相談が持ち込まれるのは、すでに紛争になってしまった場合がほとんどです。ですから、遺言書の付言事項についても、「せっかく書いてあるのに、争いを止められなかった」という形で目にすることが多いのが実情です。

では、付言事項は無意味なのか。私はそうは考えていません。

なぜなら、付言事項に書かれていたことによって相続人が矛を収めたケースは、そもそも紛争になっていないのですから、私たちの目に触れることがないからです。うまくいった例が見えないというだけのことであって、効果がなかったことの証明にはなりません。

(4)法定相続分と大きく異なる分け方をするときこそ

これから遺言書を作ろうとお考えの方には、付言事項の意義をしっかりご説明するようにしています。

とくに、法定相続分とは大きく異なるような、一見して偏りがあると受け取られかねない内容で財産を分ける場合です。そうした遺言書は、それだけ紛争が起きる危険が高くなります。だからこそ、なぜそのような分け方にしたのか、その理由と思いを付言事項に丁寧に書き残しておくことが重要になります。

それによって、争いが起きる可能性を減らすことができる。そのことをご説明したうえで、偏りのある分け方をされる遺言書の作成では、ほとんどの場合、付言事項を書いていただいています。

第5 自筆証書遺言と公正証書遺言、どちらを選ぶべきか

遺言書には主に二つの方式があります。それぞれの特徴を押さえておきましょう。

1 自筆証書遺言

(1)全文・日付・氏名を自書し、押印する

自筆証書遺言は、遺言者がその全文、日付、氏名を自分で書き、押印して作成します(民法968条1項)。費用がかからず、思い立ったその日に作れるのが利点です。

裏を返せば、方式を一つでも誤れば無効になるという危うさがあります。日付を「令和8年8月吉日」と書いてしまった、パソコンで作成して署名だけ手書きにした、押印を忘れた。こうした理由で無効とされた遺言書を、私たちは実際に見てきました。

(2)財産目録はパソコンで作れる

平成30年の改正により、自筆証書に添付する財産目録については、自書が不要になりました(民法968条2項)。パソコンで作成した一覧表や、不動産の登記事項証明書、通帳のコピーを添付することができます。

ただし、その目録の各ページに署名し、押印しなければなりません。両面に自書によらない記載がある場合には、両面それぞれに必要です。ここを落とすと目録部分が無効になりかねませんので、注意が必要です。

(3)法務局の遺言書保管制度

自筆証書遺言の弱点は、紛失、改ざん、そもそも発見されないという点にありました。これを補うために、令和2年7月10日から始まったのが、法務局における自筆証書遺言書保管制度です。

保管の申請手数料は、遺言書1通につき3,900円です。この制度を利用すると、家庭裁判所の検認手続きが不要になります(法務局における遺言書の保管等に関する法律11条)。

2 公正証書遺言

(1)公証人が関与するため、方式の不備で無効になる心配がほとんどない

公正証書遺言は、公証役場で公証人に作成してもらう遺言書です。証人2人以上の立会いのもと、遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授して作成します(民法969条1項)。

法律の専門家である公証人が関与しますから、方式の不備で無効になる心配はほとんどありません。原本は公証役場に保管されますので、紛失や改ざんの恐れもありません。

なお、公正証書に関する一連の手続きは、令和7年10月1日からデジタル化されており、これに伴って民法969条の条文構成自体も改められています。他の解説記事の中には旧条文のまま説明しているものが少なくありませんので、ご注意ください。

(2)検認が不要

公正証書遺言については、家庭裁判所の検認手続きが不要です(民法1004条2項)。相続が始まったその日から、すぐに手続きに取りかかれます。

(3)費用

公証人の手数料は、目的の価額に応じて政令で定められています。この手数料は令和7年10月1日に改定されており、たとえば目的の価額が3,000万円を超え5,000万円以下の場合は33,000円です。遺言の公正証書については、目的の価額が1億円以下のときにさらに13,000円が加算されます。

3 公証役場での作成は、実際にはどう進むのか

公正証書遺言については、意外に知られていないことがいくつもあります。実際に手続きに関わっていると、ご依頼者が「そうなのですか」と驚かれる場面がたびたびあります。

(1)その場で相談しながら作るものではない

まず、作成当日のイメージが実際とは違っていることが多いようです。

公証人と向かい合って、あれこれ相談しながらその場で文章を練り上げていく。そういう光景を思い描いておられる方が少なくありません。ところが、実務はそうではありません。

公証人は、事前に遺言者ご本人(あるいは代理人の弁護士)とやりとりを重ねて内容を固め、遺言公正証書の案文を完成させておきます。そして当日は、すでに製本された状態の証書を前にして、その内容を読み聞かせ、あるいは閲覧させて確認するのです(公証人法40条1項)。

ですから、当日その場で「やはりここはこうしましょう」と機動的に書き換えていくようなものではありません。中身を詰める作業は、すべて当日より前に終わっているのです。

なお、民法969条1項2号が求める「口授」、つまり遺言者が遺言の趣旨を公証人に口頭で告げるという手続きは、当日、証人2名の前で行われます。

(2)「相続させる」と書くなら、戸籍の収集が必要になる

もう一つ、手間の点で意外に知られていないのが、必要書類です。

「長男に相続させる」という書き方をする場合、その方が本当に相続人にあたるということを、公証人に示さなければなりません。日本公証人連合会も、必要書類として遺言者と相続人との続柄が分かる戸籍謄本を挙げています。

つまり、遺言者ご本人の現在の戸籍から出生時の戸籍まで遡って集め、相続人となる方との続柄を証明する資料を整えて、事前に公証人へ提出する必要があるということです。何度も転籍されている方の場合、複数の市区町村から取り寄せることになり、この作業だけで相当の日数と労力を要します。

相続人以外の方に遺贈する場合には、その方の住民票など、氏名・住所・生年月日が分かる資料が必要になります。不動産があれば登記事項証明書と固定資産評価証明書も要ります。

思い立ってすぐに作れるものではない、ということは知っておいていただいたほうがよいでしょう。

(3)証人はどう手配するか

公正証書遺言には、証人2人以上の立会いが必要です(民法969条1項1号)。

ご依頼者に代理人弁護士がついている場合には、その事務所で証人を手配することもあります。ただ、多くの場合は公証役場にお願いして、証人2名を確保していただいています。日本公証人連合会も、適当な証人が見当たらない場合には公証役場で紹介することも可能である旨を案内しています。

この場合、公証人の手数料とは別に、証人お二人への謝礼が必要になります。この謝礼の額は法令で定められたものではなく、各公証役場の運用によりますので、金額は事前にお尋ねください。

なお、推定相続人や遺贈を受ける方、その配偶者や直系血族などは証人になることができません。ご家族に立ち会ってもらえばよい、というわけにはいかないのです。

(4)公証人は、判断能力も見ている

公証人が確認しているのは、文言が法的に問題ないかという点だけではありません。

内容面については、事前のやりとりで案文を練り上げる段階で、公証人が確認しています。そのうえで、その日を迎える前の段階から、そして読み聞かせを行う当日にも、公証人は遺言者ご本人の判断能力や認知の状態に気を配っています。

判断能力に疑いのある状況では、医師の診断書などの資料を求められることもあります。これは公証人が慎重を期しているということであり、裏を返せば、公正証書遺言がそれだけ後の争いに耐える力を持っているということでもあります。

(5)病院や施設からでも作成できる

これも意外に知られていないのですが、公証人に出張してもらって、公証役場の外で遺言公正証書を作成することができます。

ご病気や高齢のために病院や施設から動けない状態にある方について、公証人に出張していただくことは、私たちも実際によく行っています。

この場合の費用は、次のようになります。嘱託人の病床において作成されたときは、手数料が5割加算されます(公証人手数料令32条)。これに加えて、公証人の日当が1日につき2万円、4時間以内であれば1万円、さらに交通費の実費がかかります(同令43条)。

体調が思わしくないから遺言書は無理だ、と諦めてしまわれる前に、一度ご相談いただければと思います。

4 資産規模の大きい方に、公正証書遺言をおすすめする理由

費用はかかりますが、遺産の規模が大きく、相続人の数が多く、不動産や自社株が含まれるご家庭には、迷わず公正証書遺言をおすすめしています。

理由は単純で、争いになったときに最も強いからです。自筆証書遺言は、「本当に本人が書いたのか」「書いたときに判断能力はあったのか」という点を後から争われることがあります。公正証書であれば、公証人と証人が作成の場に立ち会っていますから、こうした攻撃に対してはるかに堅固です。

当事務所には、35年間にわたって裁判官を務め、その後8年間公証人を務めた弁護士が在籍しています。裁判官として遺言の有効性が争われた事件を判断してきた経験と、公証人として数多くの公正証書遺言を作成してきた経験の両方を持つ弁護士は、全国的にも多くありません。どのような書きぶりであれば後の争いに耐えるのか、その勘所を踏まえた遺言書を作成できることは、当事務所の最大の強みの一つです。

また、同じ弁護士は、公証人時代に公正証書による信託契約を数多く手がけており、信託の分野では広島有数の知識と経験を有しています。遺言だけでは対応しきれない資産承継のご要望についても、信託を含めた選択肢の中からご提案が可能です。

5 書けるうちに書く、ということ

民法963条は、遺言者は遺言をする時においてその能力を有しなければならないと定めています。

判断能力が低下してから作成された遺言書は、後になって「そのときには遺言能力がなかった」と争われるリスクを抱えます。実際、遺言無効確認訴訟の多くは、この点を争点としています。

遺言書は15歳から作成できます(民法961条)。そして、いつでも書き直すことができます。早すぎるということはありません。

第6 遺言書を作るときに、必ず気をつけていただきたいこと

遺言書は書けばよいというものではありません。かえって争いを生む遺言書というものが、確かに存在します。

1 遺留分に配慮する

(1)遺留分の割合

遺留分は、兄弟姉妹以外の相続人に保障された最低限の取り分です。その割合は、直系尊属のみが相続人である場合は3分の1、それ以外の場合は2分の1とされています(民法1042条1項)。相続人が複数いる場合には、この割合に各自の法定相続分を乗じた割合が、それぞれの遺留分になります(同条2項)。

たとえば相続人が奥様とお子さん2人であれば、奥様の遺留分は4分の1、お子さんはそれぞれ8分の1ということになります。

(2)遺留分侵害額請求は金銭の請求になった

令和元年7月1日施行の改正により、遺留分の請求は金銭の支払を求めるものに一本化されました(民法1046条1項)。

以前のように不動産が当然に共有になるということはなくなりましたが、その代わり、請求を受けた側は現金を用意しなければなりません。不動産ばかりを相続した後継者が、遺留分の支払のために現金を工面できず、結局その不動産を売却せざるを得ない。そういう事態が現実に起きています。

(3)1年と10年という期限

遺留分侵害額請求権は、相続の開始と遺留分を侵害する贈与または遺贈があったことを知ったときから1年間行使しないと時効によって消滅します。相続開始のときから10年を経過したときも同様です(民法1048条)。

(4)現金を用意できないと、何が起きるか

これは机上の話ではありません。

私が遺留分侵害額の請求をする側の代理人として関わった案件で、請求を受けた相手方が、支払うお金を工面するために、遺言によって取得した土地の一つを売却せざるを得なくなったことがありました。依頼者の側からすれば、請求した金銭を確保できたのですから、結果としてはよかったということになります。しかし相手方にとっては、親から受け継いだ土地を手放すという、非常に重い負担だったはずです。

逆に、遺留分侵害額の請求を受ける側の代理人として関わった案件もあります。こちらは訴訟にまで発展し、最終的には訴訟上の和解で解決しました。ただ、支払うべき金額が大きく、一括で用意することは到底できませんでした。そこで裁判所の関与のもとで、まとまった額の一時金を支払い、残りを数年にわたって分割で支払っていくという形で決着をみました。

法律上も、裁判所は受遺者や受贈者の請求により、負担する債務の全部または一部の支払について相当の期限を許与することができるとされています(民法1047条5項)。とはいえ、これは支払いを待ってもらえるというだけの話で、支払義務そのものが消えるわけではありません。

遺言書を作る段階で遺留分に配慮しておけば、避けられた事態です。

2 納税資金を考えておく

(1)分割されていなければ、特例は使えない

第1でも触れましたが、配偶者の税額軽減も小規模宅地等の特例も、申告期限までに遺産が分割されていることが原則的な要件です。遺言書があれば、この点は自動的にクリアできます。遺言書そのものは節税の手段ではありませんが、節税の前提条件を整えるという重要な役割を果たしているのです。

(2)不動産ばかりで現金がない、という事態を避ける

遺産の大半が不動産である場合、相続税を納める現金が足りなくなることがあります。生命保険を活用する、一部を換価する前提で遺言を組む、生前に資産構成を組み替えておくなど、対応の方法はいくつもあります。

死亡保険金には、500万円に法定相続人の数を乗じた金額までの非課税枠があります(相続税法12条)。しかも保険金は受取人固有の財産となり、原則として遺産分割の対象にはなりませんから、特定の方に確実に現金を渡す手段としても有効です。

3 一度書いて終わりにしない

遺言者は、いつでも遺言の方式に従って、その全部または一部を撤回することができます(民法1022条)。

財産の内容は変わります。ご家族の状況も変わります。10年前に書いた遺言書が、今のご希望と合っているとは限りません。ご自身の状況に変化があったときには、必ず見直してください。

4 遺言書だけでは足りない、周辺の備え

(1)財産目録を作っておく

どこにどんな財産があるのかが分からないと、ご家族は途方に暮れます。預貯金、不動産、有価証券、生命保険。そして忘れてはならないのが借入金です。

相続放棄をするかどうかは、自己のために相続の開始があったことを知ったときから3か月以内に判断しなければなりません(民法915条1項)。負債の情報が正確に伝わっていなければ、この判断ができません。

(2)ご家族に、ご自身の言葉で伝えておく

そして最後に、できることなら、元気なうちにご家族に直接お話しになってください。

書面はどうしても事務的になります。なぜこう分けることにしたのか、誰にどんな思いを持っているのか。そうしたことは、ご自身の声で伝えられるうちに伝えておくのが一番です。

第7 まとめ 遺言書は、残されたご家族への最後の思いやり

7つのチェックリストを、もう一度振り返っておきます。

夫婦の間に子どもがいない。再婚しており前婚のお子さんがいる。主な財産が分けにくい不動産である。事業を特定のお子さんに継がせたい。相続人以外の方にも財産を遺したい。連絡が取れない、あるいは判断能力の低下した相続人がいる。家族や兄弟の仲があまりよくない、疎遠である。

一つでも当てはまるものがあれば、遺言書は他人事ではありません。

遺言書を書くという行為は、ご自身のためというより、残されるご家族のためのものです。ご家族が、悲しみの中で、遺産の分け方をめぐって争わずに済むように。手続きに疲れ果てて、お互いに嫌な思いをしなくて済むように。そのために、生きているうちにできる、最後の準備です。

当事務所は、広島市中区に事務所を構え、遺言・相続の分野に力を入れて取り組んでまいりました。35年間裁判官を務め8年間公証人を務めた弁護士、広島家庭裁判所の家事調停官を務める弁護士が在籍し、収益不動産が遺産に含まれる紛争や、同族会社の株式をめぐる事業承継案件を数多く手がけております。また、全国大手の司法書士法人みつ葉グループの広島拠点と同一の事務所で連携しておりますので、不動産登記の手続きにも迅速に対応することができます。相続税に精通した税理士の在籍する事務所とも連携しており、税務面の課題にもあわせて対応いたします。

遺言書を作るべきかどうか迷っている段階でも構いません。遺言・相続・遺産分割についてご不安やお悩みがございましたら、まずはお気軽に千瑞穂法律事務所にご相談ください。

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第8 よくあるご質問

1 遺言書は何歳から作れますか

15歳に達していれば作成できます(民法961条)。上限はありません。大切なのは年齢ではなく、遺言をする時点で判断能力を備えていることです(民法963条)。

2 一度書いた遺言書は変更できますか

いつでも変更できますし、撤回することもできます(民法1022条)。日付の新しい遺言書が優先されますので、内容が抵触する部分については、後の遺言によって前の遺言を撤回したものとして扱われます。

3 遺言書の内容を家族に知らせるべきでしょうか

一概には言えません。あらかじめ伝えておくことで、ご家族の心の準備ができ、相続の場面での衝撃が和らぐことは確かです。他方で、内容によっては、生前から不満が噴き出してご家族の関係が悪化することもあります。ご家族の関係性を踏まえてご判断いただくことになりますので、迷われた場合はご相談ください。

4 認知症と診断されてからでも遺言書は作れますか

認知症という診断があることと、遺言能力がないこととは同じではありません。症状の程度によっては、有効に遺言を作成できる場合があります。ただし、後から遺言能力を争われるリスクは確実に高まりますので、医師の診断書を取得したうえで公正証書遺言の形で作成するなど、慎重な対応が必要です。できることなら、その前に作成しておかれることを強くお勧めします。

5 公正証書遺言の費用はどのくらいかかりますか

公証人の手数料は、目的の価額に応じて政令で定められており、令和7年10月1日に改定されました。目的の価額が3,000万円を超え5,000万円以下であれば33,000円で、遺言の場合は目的の価額が1億円以下のときにさらに13,000円が加算されます。このほかに、弁護士に作成をご依頼いただく場合の費用が別途かかります。

6 遺言書の作成は、弁護士に頼むべきでしょうか

形式を整えるだけであれば、他の専門家でも対応は可能です。しかし、遺留分をめぐって争いになりそうな場合、相続人の間にすでに対立がある場合、収益不動産や自社株といった評価の難しい財産が含まれる場合には、紛争を見越した設計ができる弁護士にご相談いただく意味が大きいと考えます。万一争いになったときに、そのまま代理人として対応できるのは弁護士だけです。

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